うさぎ1羽の税金が米30kg相当!明治時代に起きたうさぎバブルとは?
「うさぎ1羽に高い税金がかけられていた」ということを知っていますか?
信じられないかもしれませんが、明治時代に「うさぎ税」という税金制度がありました。
今回は、この「うさぎ税」について紹介しましょう。
うさぎ税導入の背景にある「うさぎバブル」についても詳しくお伝えします。
また、記事後半には世界のおもしろい税金制度についてもまとめましたので、ぜひ最後までお付き合いくださいね。
うさぎバブルのはじまりは明治の文明開化
うさぎブームのきっかけとなったのが、明治時代の文明開化です。
日本は200年以上にわたり鎖国を続けていましたが、江戸時代末期に開国。
それをきっかけに、西洋からさまざまなものが日本に入ってきました。
当時西洋から日本に入ってきたもののひとつがアナウサギです。
もともと日本に生息していたうさぎはノウサギで、アナウサギは存在していませんでした。
手足が長く筋肉質なノウサギに対し、アナウサギは全体的に丸みを帯びています。
かわいらしい雰囲気や多彩な被毛の模様などが、当時の人にとっては魅力的だったのでしょう。
飼育のしやすさも手伝って、明治初期にはうさぎをペットとして飼う人が急増したようです。
うさぎバブルの明治にあったホントのこと
明治時代初期、うさぎを飼うことがひとつのステータスとなっていました。
そんなうさぎバブルの時代には、今では考えられないさまざまなことがおこっていたようです。
うさぎの品評会では番付表があった!?
当時、全国でうさぎの売買が行われていました。
とくに都市部ではうさぎの売買や品評会が盛んに行われていたようです。
記録に残っている東京の品評会では、「東花兔(あずまはなうさぎ)全盛」という番付表が作成されていたとのこと。
うさぎの毛並みや毛色、耳の形などからランクが決められていたようです。
まるで相撲の力士や歌舞伎役者の番付表のようですね。
東花兔全盛にはうさぎのブリーダーと思われる人の名前も掲載されています。
1872年(明治5年)に掲載されていたブリーダーは100人ほど。
それが翌年には327人に急増していました。
ブリーダー数の急増ぶりからも、うさぎバブルの様子が伝わるでしょう。
人気は更紗模様のうさぎ
うさぎバブル真っ只中の明治時代、もっとも人気があったのは、白地に黒い毛がまだらに入った更紗(さらさ)模様のうさぎです。
更紗模様をもつオスうさぎは、種付け用として非常に高値で取引されていました。
また1回の種付けも2~3円と非常に高額。
1円で米約30kgが買える時代だったことを考えると、どのくらい破格なことかおわかりいただけるでしょう。
妊娠中のメスうさぎは高額!
当時、妊娠中のメスうさぎは高額で取引されていました。
その理由は、どのような子うさぎが生まれてくるかわからないから。
つまり、キャンブル的な意味で値付けがされていたのですね。
うさぎが子うさぎをたくさん生む習性があることも、ギャンブルを盛り上げていた理由なのかもしれません。
妊娠中のメスうさぎには約40円といった価格が付けられることも、めずらしくなかったようです。
当時は1円でかけそばを200杯も食べられた時代。うさぎに40円かけるなんて相当な額ですよね。
めずらしい品種に3,000万円!
うさぎで儲けようとしている投機家たちは、海外からめずらしいうさぎを仕入れたり、うさぎを買い占めて繁殖させたりしてさらに儲けようとしていました。
そんな中、めずらしい品種や人気の毛色のうさぎは、600円という超高値で取引されたこともあるようです。
当時の公務員の初任給は4円前後。
現在の公務員の初任給が20万円前後なので、当時の600円は現在の3,000万円相当の価値と言えるでしょう。
うさぎを巡る事件が多数勃発
うさぎに対する欲が高まっていくにつれて、うさぎを巡る事件も発生するようになりました。
明治初期の新聞「新聞雑誌」には、白いうさぎを柿色に染めて販売したとされる詐欺事件や、うさぎ売買で得た巨額の儲けをひとり占めしたせいで主人と奉公人の間に起きた事件、うさぎを巡って起きた殺人事件など、多くのうさぎを巡る事件が掲載されています。
うさぎブームの過熱によって人の欲があらわになり、多くの悲しい事件が起こってしまったようです。
うさぎバブルによる弊害に対する対策
うさぎの飼育に熱中するあまり、仕事をしなくなる人があらわれたり、うさぎを巡る事件が起きたりするなど、うさぎバブルによってさまざまな弊害が起こるようになりました。
行政側からも「うさぎバブルをどうにかしなくては!」といった意見が取り交わされます。
ここでは、うさぎバブルによる弊害に対し、行政はどのような対策を講じたのかを紹介しましょう。
うさぎ市やうさぎ集会を禁止
まず大阪でうさぎ市やうさぎ集会を禁止する布令が出され、ついで東京でもうさぎ会が禁止されました。
これらのような集まりは、うさぎを高額で売買する展示即売会のようなもの。
まずはこれらを禁止して、うさぎブームを落ち着かせようとしたのでしょう。
しかし、うさぎを売買する集会はなくなりませんでした。
お茶道具を持ち運ぶ籐のかごにうさぎを入れてお茶屋さんに集まり、ひそかに品評会が開かれていたり、中には堂々と「兎売捌所(うさぎうりさばきじょ)」の看板を掲げて集会が行われていたりしたとも言われています。
うさぎを売買するための集会は禁止されたものの、なかなかなくならず、行政側も取り締まりに苦労したようです。
東京府でうさぎ税を導入
うさぎ市やうさぎ集会を禁止しても、うさぎバブルによる社会問題はおさまりません。
そこで東京府は司法省と相談し、うさぎに税金をかけることにしました。
うさぎの売買を禁止するのではなく、売買を認める代わりに課税するという方針に方向転換したのですね。
東京府が決定したのは、うさぎ1羽に対し月1円を課税すること。
うさぎ税導入のほかにも、飼育するうさぎの届け出も義務付けられました。
もし届け出ていなかった場合は、なんと2円の罰金も科せられることに!
当時の物価を考えると、とんでもない額の税金だったことがわかるでしょう。
うさぎバブル崩壊|うさぎの悲しいその後
うさぎ税の導入をきっかけに、うさぎバブルは崩壊します。
多数のうさぎを飼育していた人やブリーダーは、うさぎ税の影響をもろに受ける結果となりました。
うさぎの価格は暴落。
40円もの高値で取引されていた妊娠中のメスうさぎは、5銭という超安価になり、子うさぎは3銭というほぼ無価値なものになってしまったのです。
うさぎを手放したいと、川に流したり土に埋めたりする人もあらわれました。
超安価なうさぎをまとめて買い取り、その毛皮から帽子やマフラーを作るといった新たな商売が誕生したり、うさぎ肉を使った鍋を提供する屋台も登場したりしたとのことです。
そんな折、約5700戸を焼き尽くした大火事が発生しました。
これは、うさぎ税を恨んだ人による放火とも言われているようです。
結果的にうさぎ税を導入したことで、うさぎバブルは終息しました。
人の欲に振り回されてしまったうさぎが、あまりにもかわいそうだと思わざるを得ません。
ただ中には高い税金を払いながらも、うさぎをペットとして飼育し続けた人もいるようです。
ごくわずかでも、私たちと同じようにうさぎを愛していた人がいることに少しほっとするのは私だけでしょうか。
ほかにもあった!世界のおもしろい税金
うさぎ税のようにおもしろい税金はほかにもいろいろあるようです。
ここからはおもしろい税金を集めてみました。
私たちの感覚では考えられないものもありますので、楽しみながら読んでみてくださいね。
犬税
犬税はドイツやオーストリア、スイスなどヨーロッパ各国で導入されている税金です。
実は日本でも1982年(昭和57年)まで犬税が存在しました。
昭和中頃には全国2,700ほどの自治体で犬税が実在していましたが、徐々に廃止され今に至ります。
犬税をうまく運用しているドイツでは、犬税として集めた税金を、犬のフンで汚れてしまった街の清掃費にあてています。
犬の飼い主に税金を負担させることで、犬の飼育について慎重に考える人が増えているといったメリットもあるようです。
ドイツでは犬税を納めると犬札が与えられ、犬の首輪に装着しなければなりません。
そのため迷子になっても飼い主がすぐに判明する仕組みとなっています。
犬税をうまく活用できていることで、犬も飼い主さんも幸せに暮らせているようですね。
かえる税
かえる税は中世のフランスで実在した税金です。
当時フランスではお堀のかえるがうるさく鳴き続け、領主の睡眠が妨げられるほどでした。
そのため、かえるが鳴かないように、領民たちが交代で水面をたたく役目があったそうです。
このような労働や、労働の代わりとしてお金を納めることがかえる税でした。
ポテトチップス税
ポテトチップス税は2011年(平成23年)にハンガリーで導入された税金です。
ハンガリーは、成人の4人に1人が肥満というほどの肥満大国。
この肥満問題に対応しようと導入されたのがポテトチップス税です。
ポテトチップスのほか、スナック菓子やジュースなどにもポテトチップス税がかけられています。
ちなみに、ポテトチップス税のように健康の問題から税金がかけられている国はほかにもあります。
アメリカやフランスでは「ソーダ税」という砂糖入りの炭酸飲料にかけられる税金が、デンマークでは「脂肪税」とよばれるバターやチーズにかけられる税金があるようです。
ひげ税
ひげ税は17世紀末にロシアに実在した税金です。
その名の通り、ひげを生やした人に税金が課せられていました。
ひげを生やすことが好まれていた当時のロシア。
しかし、ロシアを先進的国家にしたいと考えていた初代皇帝のピョートル1世は、「ヨーロッパの先進国では、男性はひげを剃っているらしい」という情報を手に入れます。
「先進国の文化を取り入れ、先進国に追いつきたい」との思いから、ロシアの人々にもひげを剃らせたいと考えたようです。
まとめ
とても愛らしいうさぎが、金儲けの材料になってしまった過去があることは非常に悲しいです。
しかしその愛らしさを魅力に感じていた人がいたことには、どこかうれしく感じる部分もありませんか?
これからもうさぎの魅力を多くの人に正しく知っていただき、うさぎも人も幸せに暮らしていきたいですね。